連載小説・愛飢雄の苦悩 おもとなほ

(第12回文学フリマで配布した「ホタルナ商店街かわら版0号」に掲載したものです。)
「深海からサルページしたいほど愛してると言われたい…」
 浅い眠りの中、浮かんできた言葉。
 そうか、自分は、それほど愛を、そんな大事業的なレベルで求めているのか。あっこりゃまびっくり。目覚めと同時に小さな溜息をついた。
 ここ数ヶ月、こんな調子で朝を迎ている。
 ことの始まりは、あの原発事故のせいだ。
 妻が息子を連れて九州の実家に帰ってしまった。正しくは放射能汚染を避けるために疎開した。
 事故後、妻は慌ただしく荷物をまとめ、「子供のためだから!」と告げて家を後にした。もちろん私は少し躊躇しながらも「その方がいい」と送り出だした。自分も仕事等もろもろを整理したらすぐに追いつくと告げると、妻はこう言った。
「あなたは東京に残って仕事してくれないと生活費はどうするのよ。あと、花の水やりもあるし…」
 え?? 耳を疑った。確かに成人男性は女性や子供に比べれば被爆の危険性は低い。お金だってもちろん必要だ。九州に行ったからといって、すぐに仕事にありつけるとは思えない。が、しかし、花の水やり!?
「私たちだって、ずっと実家にいる訳にもいかないし…家の方、よろしく!」
 そして妻は、この春小学3年生になる息子を連れて、新幹線に飛び乗った。
 あぜん…。
 確かにこの未曾有の自体に、誰もが平静ではいられないだろう。多少なりとも妻はパニックを起こして、自分でも何を言っているのかよく分かっていないに違いない。
 しかし、こういう事態だからこそ、普段口に出さない本音が出てしまったとも考えられる。妻にとって私の存在は、彼女の育てている花よりも軽いということだ。あんなにお互い愛し合って一緒になったはずなのに、十数年の年月の中で、どうしてこんな風になってしまったのだろうか……まま、それはともかくとして、普段どちらかというとおっとりとしたタイプだと思っていた妻の今回の素早い行動はやはり本能的なものなのであろうか。母は強し、だ。
 が、しかし、この原発事故と母性との組み合わせが、私の封印していた過去を呼び起こす鍵となり、私の苦悩を一気に増大させる結果となったのだ。
(続く)

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